デジャビューというやつじゃな
「いいか!よぉーく聞けよ!俺は他の娘と同じように、ラムにもきっちり惚れとる!ただあいつは、俺が他の娘とお付き合いしようとすると邪魔するので、結果的に逃げ回っているだけだ!わかったか!わかったらラムを出せ!ラム抜きのハーレムなぞ肉抜きの牛丼じゃ!」
現在ビューティフルドリーマーを見直しているのだが、押井のどんな長台詞よりも、あたるの上記台詞が一番グッと来る。
今週で終わると思われるハルヒのエンドレスエイトもそうだが繰り返しの毎日も必ずどこか変わっていて同じところがない。あくまで『同じような』で、同じではない。同じようなシチュエーションを設けたら行動心理学とかでは、同じ行動をするって言われるんだろうが、確率が非常に高いだけで絶対ではない。
ハルヒでもそうだが、楽しくて幸せな時間を永遠に、というのは楽しくて幸せだった、ある一定の期間とシチュエーションの繰り返し、過去に楽しかったと保証されている期間を繰り返す事になっている。
未来は楽しいとは限らない、という不安要素よりも、すでに確定されたことのある過去の方が安全に楽しいのか。いやそもそも過去は本当に楽しかったのか?
エンドレスエイトもビューティフルドリーマーも、その楽しい期間にさえも飽きた人物から綻びが生じ、仕方なく未来への時間が始まるが、その未来は楽しく幸せな『はず』、でしかない。
楽しい仲間と新しい時間を楽しく過ごすという選択肢は、確定されていないからこそ面白いと思うのだが、時々このような時間をテーマにした作品を見ると人の希望というか楽しいの概念というか、そんな物を考えてしまう。
それにしてもビューティフルドリーマーは面白いなあ。







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